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暮らしのなかに心地よい「風景」をつくる 建築家 東利恵


「心地よさ」を考えるとき、その一つとして「利便性」があげられる。人は便利なモノやプロセスを通じて、その機能や効率をうれしいと感じる。
「機能性は、日々の暮らしにとって重要な要素ですが、それだけを追求すると、心地よさが失われることもあるのです。たとえば、お茶を淹れるという行為を考えてみてください」と東さん。

「星のや 軽井沢」は自然の地形を徹底的に活かし、4.2haという谷間に建てられたリゾート施設。施設東側に流れる川から引いてできた2つの池を軸に、集いの館、スパ棟、宿泊棟を配置。日本の原風景に彩られた敷地内を散策したり、源泉かけ流しの温泉を楽しむことができる。 撮影/藤塚光政

沸騰したポットのお湯を急須に入れ、それを湯飲みに注ぎ......。
「確かにその方法は便利で速いですね。それをあえて、やかんで湯を沸かし、湯冷ましに注いで適温まで冷ましてから急須に入れ、最後の一滴まで丁寧に湯飲みに注ぐ。もしお母さんがそんなお茶の淹れ方をしたら、その所作を美しいと思うのではないでしょうか。それがゆとりであり、暮らしの豊かさにつながる。日本には歴史に育まれた作法がたくさんあり、それらをなくしてしまうのはとてももったいないことです」

部屋は一人ひとりが思い思いくつろぐことができるよう、「快適性」にこだわったつくりとなっている。 撮影/藤塚光政

つまり、美しい所作が暮らしのなかに「風景」をつくると東さん。その風景を含めた空間にこそ、「心地よさ」があるという。
「自分が何を大切にし、何を美しいと感じるのか、それを見つけることができれば、不便のなかにある快適さを楽しむことができるのではないでしょうか」」

家族のつながりを育んだ狭小住宅「塔の家」

1966年に竣工した「塔の家」は、都心に建てられた東孝光氏の自宅兼事務所。約6坪(約20㎡)という敷地に地上5階・地下1階を棟状に積み立てた鉄筋コンクリート構造で、建築士に残る作品の一つだ。 撮影:村井修

そんな東さんは、一見、「不便でたいへん」そうな「塔の家」に暮らす。約6坪の敷地に建つ「塔の家」は、地下1階、地上5階建て。亡き父、建築家・東孝光氏の傑作の一つだ。各フロアがリビング、水廻り、主寝室、寝室などに分かれ、一切の扉がない。上に伸びる階段を通して、建物全体が一体となっている。
「ここに家族3人で暮らしていました。よく『不便でしょう?』と聞かれましたが、私にとってはこれが普通。今思うとそこでの暮らしから得たものがたくさんあると思っています」
その一つが家族との関わりだという。扉がないため、それぞれの空間で家族が何をしているのかが、気配でわかる。 「気配を察して自分の行動を考え、必要なときには声を掛け合う。自分を主張しつつ、互いを理解しなくては暮らしていけませんでした。反抗期もそうやって乗り越えました(笑)。ほどよく家族を感じ、それが安心感へとつながる。それが『塔の家』なのです」

住まい方に合った有効空間と大切で美しい風景

玄関を除けば、トイレも浴室も含め扉がなく、吹き抜けで開放的な空間設計が狭さを感じさせない。これら都市型住宅群を対象に東孝光氏は1994年に日本建築学会賞を受賞している。 撮影:村井修

実は一時、東さんは広い80㎡ほどの2LDKのマンションに住んでいた。ところが、「塔の家」よりむしろ狭く感じたという。
「それは『個室』の存在が大きかったですね。扉のない住まいで暮らした家族にとって、扉によって仕切られていると、互いに個室で何が起こっているのかがわからず、ストレスになりました。空間の途切れは、家族のつながりも切れるような気がしたのです」
日本人は障子や襖で仕切られた、声や音が聞こえる空間で暮らしてきた。もともと、気配を察するのが上手だったはずだ。
「以前は欧米型のプライバシーを重視した個室が必須と考えられていましたが、今は個室感を減らして家族のつながりを大切にした住まいが増えています。最近では、リビングに階段を設けることで吹き抜けをつくり、そこを通じて1階と2階の気配が伝わるような仕掛けも多くなりました。要するに、家族が共有できる空間をどうつくるかなのです」
空間はタテもヨコも有効に活用できれば、それに越したことはない。しかしながら有効かどうかは、家族の住まい方次第。家族にとって何が大切なのかを見つけ、そこに気持ちのよい「風景」があれば、人は空間のなかに快適さを感じることができるのである。

東利恵(あずま・りえ)

1959年大阪生まれ。86年にコーネル大学建築学科大学院修了後、父で建築家の東孝光氏のパートナーに。現在、東環境・建築研究所代表取締役。住宅のほか、「星のや 軽井沢」「星のや 竹富島」などリゾート施設も手がける。

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