Column│新しいライフスタイルのご提案や、子育て、オーナーさまのこだわりのお宅拝見、
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日常を疎かにしない防災のすすめ朝日新聞一色清

報道を通してさまざまな分野を取材し、提言を続けてきた一色清さん。
自然災害については高を括らず、「日常と備えのバランス」が大切だと語る。
ここではご自身の身近な状況も含め、防災についてのご意見を伺った。

身近で進む耐震化制度が後押し

── 東日本大震災から8年。防災や減災について、身近に感じられていることは何でしょう。
一色 2013年に、国土交通省が「建築物の耐震改修の促進に関する法律」の改正法を施行しました。主なポイントは、不特定多数が利用する病院や店舗、旅館などの旧耐震基準建築物に対し、15年末を期限に耐震診断と結果報告を義務づけるというものです。また、それまで規定のなかったマンションや戸建て住宅などにも、旧耐震基準建築物については耐震診断と耐震改修の努力義務を求めています。
こうした制度により、私の身近でも耐震改修工事を施す建物が増えてきました。最も身近なところでは、妻の実家が耐震補強を目的にリフォームしました。最初は躊躇していましたが、自治体からの助成もあり、少ない負担でより暮らしやすい環境を手に入れたと、今ではとても喜んでいます。また近所のボウリング場も耐震基準に満たないとして、建て替えられることになりました。さらに言えば、実家のある松山では、明治期に建てられた「道後温泉」をどう上手く耐震改修工事するのか、これが話題を集めています。今、日本中でそうした耐震改修工事が進んでいるのではないでしょうか。

日常を疎かにしない防災が必要

── 一方で、東日本大震災直後には高まった防災意識も、今はかなり薄れているように思います。
一色 実は先日、妻と我が家の防災について話す機会がありました。東日本大震災時に水を確保するのが大変だったこともあり、その後、かなりの量の飲料水や食料を買い込んだとのこと。ところが、それらがそっくりそのまま保管されていることがわかりました。災害用につくられた水でも賞味期限は5年だそうですから、我が家の備蓄品はかなり怪しい(笑)。唯一、上手く使用と備蓄が循環できているのが、カセットコンロ用のガスボンベでした。これは、ふだん鍋料理にある程度の頻度で使用するからなんですね。
逆に関心したのは、各部屋に懐中電灯を吊るし、閉じ込められたときのために浴室とトイレに笛を置いていること。また、寝室に履き物を備えていることでした。
── 防災について家族と話し合うことは大事ですね。
一色 そうなんです。備蓄品の確認だけでなく、こういう場合は何をして、どう避難するのか。あるいは家族が離れているときに、どう連絡を取り合うのか。災害時のシミュレーションをして、それを家族が共有することが大切だと思います。

── 住まいは家族の防災拠点でもあります。今後は何が求められるのでしょうか。
一色 東日本大震災後の調査で、メディアで最も役立ったものは何かという問いに、被災地以外の人は「テレビ」と答えたのに対し、被災地の人は「ラジオ・新聞」でした。「ラジオ・新聞」は、電気がなくても情報の受発信が可能です。その例からも、大規模災害時は「電気が使えない」ことを前提に考える必要があります。
長期に自宅で避難する場合を考えると、太陽光発電と蓄電池などを備えて、電気の「自産自消」を図ることも考えなくてはならないと思います。そうした創エネ、蓄エネはふだんの暮らしにとってもメリットがありますね。また、電化製品も、停電時に稼働できるバックアップシステムがあるとうれしい。家電が使用できるだけで、本格的な支援を待つ間も日常に近い形で生活できて、ストレスも軽減されるはずです。
これからの防災の要は、日々の暮らしを快適にしたうえで、何ができるのか。日常を疎かにしない防災。そんな視点が大切なのではないでしょうか。

一色清(いっしき・きよし)

1956年、愛媛県松山市生まれ。東京大学法学部卒。78年朝日新聞社に入社し、福島、成田支局を経て、東京本社経済部。証券、農林水産、エネルギー、自動車、貿易、大蔵などを担当後、94年に『アエラ』編集部へ。2000年より『アエラ』編集長。『be』エディター、出版本部長補佐などを経て、08年10月からテレビ朝日『報道ステーション』コメンテーターを務めた。12年1月まで『WEBRONZA』編集長。現在、教育総合本部 教育コーディネーター。

用途自在な和室の魅力 -新しい和室スタイル-

現代の住まいに合わせた和室空間

昔ながらのつくりでも多くの用途のある和室は、現代のライフスタイルに合わせて、便利な空間として活用できます。同時にデザインも現代風にアレンジすると、新鮮な感覚でインテリアが楽しめます。

リビングからつながる和室

リビングに隣接する和室の使い方にお悩みの場合、いっそのことリビングと繋げて1つの空間を作り出すスタイルはいかがでしょうか。リビング単独よりもお部屋全体を広く見せることができ、家族が気軽に休憩できるスペースとしても機能します。洋風と和風...テイストは異なりますが、天井の素材を合わせたり、インテリアの色調を合わせることで和洋折衷の調和がとれた空間として演出できます。
また和室は椅子が必要ないため、たくさんのお客様を迎える時にも柔軟に対応することができます。お正月やお盆など、来客が多いご家庭におすすめです。

玄関脇にあるオープンスペースの和室

急な来客の時、もし家の中が散らかっていても、玄関脇に和室があると、その場で気軽な「おもてなし」ができて便利です。また、扉を閉めて独立した空間にすればお客さま用の寝室にもなります。

ローベッドでアジアンテイストな寝室に

和室を寝室にしたいけれど、お布団ではなくベッドがいいという方は、和室にローベッドを設置するのはいかがでしょうか。高さがないローベッドならば和室との相性もよく、インテリア次第でアジアンテイストな雰囲気を作りだすことも可能です。

モダンインテリアで和室を演出

●建具
モダンな和空間を演出する秘訣は、とにかくシンプルにすること。特にリビングにつながる和室の場合は、襖や障子など建具の色調をリビングに合わせ、障子の桟などの形状はシンプルにすることが重要です。ただし、建具の一部だけを目立つ配色にして、アクセントウォールにするという手もあります。

●照明
畳に座る和室では、洋室よりも視線が低くなります。そのため照明器具もやや低めに吊り下げると空間に落ち着きが出ます。その一方で、天井に埋め込むシーリング照明やダウンライトは、すっきりとモダンな空間を演出でき、リビングにつながる和室などにはおすすめです。

シンプルながら豊かな表情を見せる、美しい空間ですっきりと住まう家

[香川県Iさま邸]

青い空と周囲の緑に映える真っ白な外壁と端正なフォルムが印象的なIさま邸。ご夫妻と小さなお子さまの三人が暮らしています。

室内に入ると、そこには天井、壁、床の各「面」が織りなす美しい空間が広がっていました。「シンプルでありながら、空間の見え方にこだわった住まいにしたかったんです」と語るIさま。1階のオープンなLDKは、2階に設けた大収納空間「蔵」による天井の高低差を活かし、リビングとダイニングを程よく仕切り、広さと開放感を演出。

また、キッチンの背面を扉付き収納で覆い、その奥に洗面室や浴室が配置されているため、LDKはどこから見てもすっきり。夜になると、壁面を利用した間接照明が端正な空間を表情豊かに彩ります。「空間がシンプルなのでモノをあまり置かなくても済むように、収納もたっぷり設けました。おかげで掃除がしやすく、床を水拭きした後の爽快感は格別ですね」と奥さまにも大好評です。

2階には広いユーティリティスペースがあり、「将来的には、ソファを置いてセカンドリビングとして利用したいですね」と語るIさま。また、ご夫妻の主寝室には入口側にウォークインクロゼットがあるため、「洗濯後の衣類管理も楽なんです」と奥さまも微笑みます。

もともとインテリアに興味のあるIさまは、「コーディネーターさんと照明や家具を選ぶのがとても楽しい時間になりました」とにっこり。考え尽くされた空間とインテリアは、シンプルながら、そのままIさまご家族の豊かな暮らしを映し出していました。

紅白色とりどりの梅の花、春の訪れを香りに乗せて

かつては桜より梅の方が人気だった!?

2月は別名「梅見月」。もっともこれは旧暦2月の異称で、新暦では2月下旬から4月上旬にあたるのですが、新暦2月も多くの地域で梅が見ごろを迎えることに変わりはありません。
今では花見といえば「桜」。春を象徴する花であり、日本を象徴する花であるとも認識されています。しかし、かつては梅の方が桜より愛でられた時代がありました。そんな梅と日本人の関わりを紹介します。

当時の進んだ文化を象徴した「梅」

梅はもともと中国が原産で、遣唐使によって日本へもたらされたと考えられています。遣唐使が派遣されたのは、おおむね奈良時代から平安時代初期にかけて。この時代は、中国から取り入れた文物に大きな影響を受けた時期です。梅も同様に、中国の進んだ文化を象徴するものとして、当時の貴族層に熱心に受け入れられました。
奈良時代の歌が多く収録されている『万葉集』には、植物を題材にした歌が多くあります。その中でも梅の花は、荻の花に次いで2番目に多く詠まれています。それに対し、桜の花を詠んだ歌の数は、梅の花の半分以下。当時の梅の花に対する情熱がうかがえます。なお、梅の花が1番目でないのは、貴重な舶来品で憧れの対象ではあったものの、それゆえ馴染みがなかったからのようです。

花見の原型は"観梅"

日本に自生している桜に対し、異国から輸入された梅は、人間の手で栽培されるものでした。貴族が庭を作る際は、梅を植えるのが定番となりました。また、梅の花を見ながら歌を詠んだり、宴を開いたりしました。これが、いわゆる"花見"の原型のひとつといわれています。
ただし、桜が特別な関心を持たれなかったわけではありません。桜は神の依代と考えられ、鑑賞するというよりも信仰するものだったようです。また、桜の開花状況によって田植えの時期を決めるなど、農民にとっては暦としての役割もあったようです。

日本古来の桜と、人気逆転

そんな梅と桜ですが、遣唐使の廃止をきっかけに人気が逆転しました。理由は、日本古来の文化が注目されるようになったためと考えられています。平安時代初期に編さんされた『古今和歌集』では、桜を詠む歌の方が多くなっています。
とはいえ、その後も梅の花は愛され続けています。桜は春の象徴ですが、梅は別名「春告草(はるつげぐさ)」。春を告げる花であることは譲りません。また、梅の花の"香り"は、桜にはない魅力です。是非、梅の花の馥郁(ふくいく)たる香りに、春の訪れを感じてください。

  • 連載「住まいとお金」ファイナンシャルプランナー 久谷真理子
  • わが家の建てどきガイド
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