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紅白色とりどりの梅の花、春の訪れを香りに乗せて

かつては桜より梅の方が人気だった!?

2月は別名「梅見月」。もっともこれは旧暦2月の異称で、新暦では2月下旬から4月上旬にあたるのですが、新暦2月も多くの地域で梅が見ごろを迎えることに変わりはありません。
今では花見といえば「桜」。春を象徴する花であり、日本を象徴する花であるとも認識されています。しかし、かつては梅の方が桜より愛でられた時代がありました。そんな梅と日本人の関わりを紹介します。

当時の進んだ文化を象徴した「梅」

梅はもともと中国が原産で、遣唐使によって日本へもたらされたと考えられています。遣唐使が派遣されたのは、おおむね奈良時代から平安時代初期にかけて。この時代は、中国から取り入れた文物に大きな影響を受けた時期です。梅も同様に、中国の進んだ文化を象徴するものとして、当時の貴族層に熱心に受け入れられました。
奈良時代の歌が多く収録されている『万葉集』には、植物を題材にした歌が多くあります。その中でも梅の花は、荻の花に次いで2番目に多く詠まれています。それに対し、桜の花を詠んだ歌の数は、梅の花の半分以下。当時の梅の花に対する情熱がうかがえます。なお、梅の花が1番目でないのは、貴重な舶来品で憧れの対象ではあったものの、それゆえ馴染みがなかったからのようです。

花見の原型は"観梅"

日本に自生している桜に対し、異国から輸入された梅は、人間の手で栽培されるものでした。貴族が庭を作る際は、梅を植えるのが定番となりました。また、梅の花を見ながら歌を詠んだり、宴を開いたりしました。これが、いわゆる"花見"の原型のひとつといわれています。
ただし、桜が特別な関心を持たれなかったわけではありません。桜は神の依代と考えられ、鑑賞するというよりも信仰するものだったようです。また、桜の開花状況によって田植えの時期を決めるなど、農民にとっては暦としての役割もあったようです。

日本古来の桜と、人気逆転

そんな梅と桜ですが、遣唐使の廃止をきっかけに人気が逆転しました。理由は、日本古来の文化が注目されるようになったためと考えられています。平安時代初期に編さんされた『古今和歌集』では、桜を詠む歌の方が多くなっています。
とはいえ、その後も梅の花は愛され続けています。桜は春の象徴ですが、梅は別名「春告草(はるつげぐさ)」。春を告げる花であることは譲りません。また、梅の花の"香り"は、桜にはない魅力です。是非、梅の花の馥郁(ふくいく)たる香りに、春の訪れを感じてください。

  • 連載「住まいとお金」ファイナンシャルプランナー 久谷真理子
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