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「ハレ」の食事としての麺類 そばもうどんも年末年始にふさわしい縁起物

年越しはそば派? うどん派?

年越しといえば「そば」ですが、そばよりも「うどん」に馴染みの深い地域や家庭では、年越しにうどんを食べるという人も多いそうですね。2009年正月からは、さぬきうどん振興協議会が「年越しそば」に対して「年明けうどん」を提唱しています。日本人に馴染みの深い麺類、「そば」と「うどん」について、歴史や特徴などをご紹介します。

昔の「そば」は麺類ではなかった

「そば」の原料である植物のソバは、縄文時代草創期の遺跡で発見されており、その頃から食されていたと考えられます。奈良時代には救荒作物として栽培が奨励されましたが、ソバは殻が固く、当時の日本は製粉技術が遅れていたため、あまり広まらなかったようです。食べ方も、粒のままお粥などにしていたと考えられています。ところが鎌倉時代になると、宋より伝来した石臼と製粉技術が広まり、そば粉を湯でこねて餅状にした「そばがき」や、そば粉を水で溶いて焼く「そば焼き」などが登場しました。やがて室町時代になると、そば粉と水をこねた生地をのばして細く切る、麺の「そば切り」が誕生したと推測されています。「そば切り」も、当初はせいろで蒸し、味噌ダレで食べるなど、現代の「そば」とは違っていました。生地に"つなぎ"を使うことで茹でるようになり、醤油ベースのそばつゆで食べるようになったのは、江戸時代中頃といわれています。

うどんもそばもキーになるのは製粉技術

うどんの原料は小麦ですが、古代日本では比較的簡単に粒のまま食べられる大麦の方がメジャーでした。うどんの原型を遣唐使が伝えた唐菓子(索餅、餛飩、餺飥など)に求める説がありますが、食していたのは貴族など一部の人達で、その形も現在のような長い麺ではなかったようです。鎌倉時代に製粉技術が進歩・普及した影響で、室町時代に麺のうどんが誕生・普及し、江戸時代中頃に醤油つゆで食べるようになったと考えられ、経緯がそばと似ていますね。そばもうどんも、原料を粉にする技術が必要で、手間もかかるので、主食である米の代用食という面とともに、特別な時に食べる「ハレ」の食事という面を持っていました。年末年始にそばやうどんを食べるのも、そのためと思われます。

「細く長く」か、「太く長く」か?

 年越しそばのいわれは、「そばのように細く長く、延命長寿」「そばは切れやすいので、一年の災厄を断ち切る」「金銀細工師がそば団子で散らかった金粉を集めたように、お金が集まる」等々、諸説あります。一方、うどんも「うどんのように太く長く」、健康長寿や家運長命のゲン担ぎとして食べられてきました。最近提唱された年明けうどんは、白いうどんに紅色(赤色)の具をトッピングし、おめでたい紅白にして縁起をかつぐものです。食べ方や具、タイミングなどは、千差万別で "正解"があるわけではありません。年越し・年明けは、自分らしくハレの麺類を楽しみたいですね。

  • 連載「住まいとお金」ファイナンシャルプランナー 久谷真理子
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