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「ダンカジ」は、創意工夫と家族愛に満ちているダイバーシティ・コンサルタント渥美由喜


二度の育児休暇を取得し、イクメン・ブームに火を付けた渥美由喜さん。男性が育児や家事にチャレンジすると、ビジネススキルも大きく伸びるという。楽しいエピソードが満載の渥美流「ダンカジ」を大公開!

育児休暇の前に妻から家事の猛特訓を受ける

企業の研究所でワークライフバランス(仕事と生活の調和)の推進を支援するかたわら、率先して育児休暇を取り、子育てを楽しんできた渥美由喜さん。「イケメンよりはイクメン」をモットーに、現在も奥さまとともに10歳と6歳の息子さんの育児真最中だ。
渥美さんは育児と共に男性が家事をする「ダンカジ」も、自分流のやり方で効率よくこなしている。しかし、決して最初から家事が得意だったわけではない。
「当時、育児休暇に入る3週間前、妻から『これ、あなたの家事の通信簿よ』と紙切れを渡されたんです。見ると炊事1、洗濯2、掃除1...と、頼んでもいないのに勝手に5段階評価されている。そして、このままじゃ赤ちゃんがかわいそうだから猛特訓しようと言われまして。カチンときましたが事実なので、妻に弟子入りしたと思って従順に教わりました(笑)。その甲斐あって、育児休暇に入る頃にはすべて3に上がっていました。期待値を込めて、という但し書きが憎らしかったですけれど」

ビジネス手法の活用でダンカジの手腕を発揮

夫婦共働きの渥美家では、家事の効率化と省力化が大命題だ。そこで渥美さんは、ビジネスのツールやノウハウを家事にも上手に活かしている。たとえば日用雑貨の購入にも、仕事のスケジュール管理をしているWEBカレンダーのメール機能を使う。
「オムツや洗剤などの消費サイクルを把握して、ストックが切れるXデーを割り出し、その1週間前に自分宛に購入指示メールが届くように設定しています。こうすると買い忘れたり、だぶつく心配がありません。余計な在庫を抱えない企業のジャストインタイム方式を応用してみたんですよ」
また、家事をどうさばくかは、結局のところ「手抜き」のテクニックを磨くことだともいう。そのための工夫は惜しまない。

当時1歳半だった上の息子さんが玩具を自分でしまえるようにしつけたいと思った渥美さんは、一計を案じて子ども部屋をはじめ家中をパシャパシャと写真に撮り、プリンターで引き伸ばして壁に貼った。そして息子さんに、「これがおうちが一番キレイキレイになっている状態だから、いつもこういうふうに片付けるんだよ」と言い聞かせた。それからは「片付け!」の号令をかけると、息子さんは散らかった部屋と写真を見比べながらきちんとお片付けをするようになったという。なんとも微笑ましいエピソードだが、実はこれも企業の整理整頓手法の応用だ。
「製造工場で工具がなくならないようにするために、ダンボールを工具の形にくり抜いて置き場所にする『姿置き』を見て、ピンとひらめいたんです。妻からも絶賛されて、鼻高々でした」
家事・育児に勤しむようになって、仕事のスキルも向上したという渥美さん。家事によって同時並行で物事をこなすマルチ遂行能力が鍛えられるし、仕事の時間が限られるため業務のムダがなくなり、生産性が高まる。そして言葉の通じない赤ん坊を育てる経験によって、さまざまな人とのコミュニケーション能力が磨かれ、ストレス耐性も高まると断言する

子どもと一緒のときは効率よりも楽しさ優先

もうひとつ、渥美さんが大事にしているのは、お子さんがそばにいるときは、効率を追求するよりも家事を一緒に楽しむこと。
「長男が2歳の頃、鼻歌を歌い、口笛を吹いて、さも楽しそうに洗濯していると、思った通り『パパ、何してるの?』と寄ってきました。『見てて。この白い魔法の粉をかけると、あら不思議、きれいになるから』と言いながら、洗濯機に洗剤を入れてスイッチをオン。興味津々の息子に『やってごらん』と言って、できたら『スゴイ、天才だ』と褒めてあげます。すると、それからは得意になってやり始めましたね」と目を細めた。

ダンカジ&イクメン生活も早10年。「最近は余裕を持って家事・育児に取り組めている自分に我ながら驚いています」と語る渥美さんだが、さて、家事の師匠にして最愛のパートナーである奥さまの評価はいかがなのだろう。
「あるイクメントークのイベントで、家事・育児の自己採点をしてほしいと言われたので、事前に妻の評価は何点かを聞いてみました。すると、なんと90点という高得点。息子たちが私の影響で将来、ちゃんとイクメンに育ってくれたら、百点満点を付けてくれるそうです。一瞬、すごく褒められたと喜んだのですが、よく考えたら、『あと20年間しっかりやってね』ということ。結局、妻の手のひらの上でうまく転がされているのかもしれません(笑)」
家事・育児も仕事も上手に生活リズムの中に組み込んで自分の糧にしている渥美さんの人生が、とてもゴージャスに思えてきた。

渥美由喜(あつみ・なおき)

1968年生まれ。東京大学法学部卒業後、(株)富士総合研究所、(株)富士通総研を経て、東レ経営研究所に入社ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長。内閣府「少子化対策推進会議」、「ワークライフバランスプロジェクト」委員等の公職を歴任。共働きの妻とともに2児の育児に奮闘中(育児休暇を2回取得)。

津軽の城下町に江戸時代から佇む商家「石場家」を訪ねて 石場家十八代当主夫人 石場敏子


津軽・弘前城の前に佇む「石場家」は、江戸中期に建てられた商家だ。
十八代当主の夫人、石場敏子さんは、幾星霜、風雪に耐えてきたこの家を慈しみながら、昔と変わらない店先で今も酒屋を営む。

津軽の貴重な遺構として昭和48年、重要文化財に

切妻破風が映える豪壮な外観。

津軽平野の南部に位置する弘前は、弘前城を中心に開けた古い城下町だ。お城の北側、亀甲門に面した外堀端の四つ辻に、歴史を感じさせる大きな切妻屋根の商家が佇んでいる。正面約37.9メートル、奥行き約39.6メートルの堂々たる構え。江戸時代中期に建てられた石場家住宅である。

石場家は古くからの津軽藩出入りの御用商人で、縄や筵(むしろ)など主にわら製品を扱う雑貨荒物商だった。後には米、肥料を扱うようになり、現在は亡き十八代目当主の夫人である石場敏子さんが、通りに面した店で酒屋を営みながら家を守り続けている。
「石場家がこの地に来たのがいつ頃かは不明ですが、菩提寺に元禄以来の墓碑が残されているので、おそらく300年以上昔から弘前に住んでいたのでしょう」と敏子さんは語る。

板の間の「台所」。その右側が「常居」の間。

この豪壮な構えの建物は、津軽地方の数少ない商家の遺構として、昭和48年に国の重要文化財に指定されている。水害などで土台が腐食していたため、昭和55年から2年かけて大々的な修復工事が行われたが、その際の調査で、構造手法からみて18世紀前半の建築物だと判明。また、主屋部分は19世紀の初めに他から移築されたものだと推定された。
「私が嫁いできたときは今のような状態ではなく、建具で仕切って暖房が効く部屋がつくられるなど、すでにかなり改築されていました。でも、修復工事を行うことになったとき、主人の意向で文化財として後世に残そうと決め、昔の姿に復元したのです。それを機に私たちは隣家に暮らしを移し、現在は文化財として一般公開しています」

手斧(ちょうな)削りの豪壮な梁組み積雪に耐える頑強なつくり

表の通路「コミセ」は雪国のアーケード。

こうして蘇った主屋は、家の表から奥まで土間が通る「通り庭」のつくりだ。屋根は、元は石置きの柾板葺(まさいたぶ)きだったが、現在は鉄板葺きになっている。
特徴的なのが、家の表に軒から庇を長く張り出し、その下を通路にした「コミセ」があることだ。冬の間はコミセの柱と柱の間に板を落とし込んで、雪や風から身を守る歩行空間にする。かつてこの通りに商家が軒を連ねていた頃は、人々が買い物がてら行き来する、いわばアーケードのような役割を果たしていたという。

昔ながらの「ミセ」で今も酒屋を営む。

玄関を入ると右手に「店(ミセ)」があり、表から裏まで三和土(たたき)の土間が走っている。土間に沿って、店の奥に囲炉裏が切られた板の間の「台所(ダイドコロ)」と、居間の役目を果たす畳敷きの「常居(ジョイ)」が並び、東奥には客人を迎える「上座敷」もある。

店に祀られた恵比寿様。

建物は積雪の重みに耐えられる頑強なつくりで、天井を見上げると手斧(ちょうな)で角材に仕上げたカツラの大きな梁組みが圧巻だ。黒光りする台所の床の両端に、どっしりと構える一対のヒバの太柱が、家を支える大黒柱である。
「縁起を担いで、この二本の柱を石場家では恵比寿大黒と呼び、昔から御幣(ごへい)をつけてお祀りする慣わしです」と敏子さん。

通り土間に井戸があり、土蔵ともつながる。

通り庭の土間の奥には土蔵があり、屋内から直接出入りできるのも雪深い東北ならではの知恵だろう。現在は使われていないが、井戸も土間の中央にあり、戸外に出ることなく水汲みができる。
それにしても、こんな広い間仕切りで通り庭が貫く開放的なつくりでは、冬はさぞ寒いことだろう。
「縁の下も素通しですから、冬の寒さは尋常じゃありません。でも、風通しを良くしないと木造建築は長持ちしませんから、江戸時代からそこは我慢してしのいできたのでしょうね。昔の人は囲炉裏だけじゃなく、あちこちに置き炉や火鉢を置いて炭をおこし、暖を取っていたようです」

江戸時代から残る家に感じる深い愛着と安らぎ

明治時代の茶箪笥に年代物のこけしが並ぶ。

今も津軽の冬の寒さは厳しく、敏子さんは「目いっぱい着込み、背中にファンヒーターを背負って店番をしています」と笑う。毎朝、1時間かけて行う店先の雪かきも重労働だ。それでもこの家にいると、なぜか心が安らぐという。
「江戸時代から十八代に渡って大切に住み継がれてきた家だから、目に見えない大きなものに守られているような気がするのです」
昭和40年に石場家に嫁いできた敏子さん。当時はお舅(しゅうと)さんとご主人が靴の卸業を営み、お姑さんと義姉様のご家族が酒屋を切り盛りしていたそうだ。

藁の「弁慶」に川魚を刺して燻製に。

「商売柄、従業員もたくさんいて、人の出入りも多く、大人数の食事を用意するのが大変でした」と懐かしそうに振り返る。
平成元年に仕事をリタイアし、酒屋を継いだご主人は、地元の蔵元に発破を掛けておいしい地酒をつくらせ、店に置くようにした。そして地酒の会を主催し、自分で釣ってきた鮎や岩魚を肴に、囲炉裏端で大勢の仲間とお酒を飲むのが何よりの楽しみだったという。

昔の商家を偲ばせる法被。

昔の姿に修復後、石場さん一家は隣家で暮らすようになったが、ご主人は病に伏すまでずっとこの家で寝泊まりしていたそうだ。
「ご先祖代々の想いが宿ったこの家が、自分の一番落ち着く居場所だと思っていたのでしょうね」と在りし日を偲ぶ敏子さん。江戸時代から今に生き続ける婚家への深い愛着を感じながら、亡きご主人に代わって淡々と商いを続け、凜と背筋を伸ばして一日一日を丁寧に生きている。津軽の石場家は、家も、人も、情緒豊かで我慢強い。

石場敏子(いしば・としこ)

故・18代当主・石場屋清兵衛氏の夫人。昭和40年、石場家に嫁ぎ、一男一女を育てる。現在、ご長男の奥さまと共に酒屋を営みつつ、重要文化財の石場家住宅を守っている。石場家住宅は一般公開されている。

暮らしのなかに心地よい「風景」をつくる 建築家 東利恵


「心地よさ」を考えるとき、その一つとして「利便性」があげられる。人は便利なモノやプロセスを通じて、その機能や効率をうれしいと感じる。
「機能性は、日々の暮らしにとって重要な要素ですが、それだけを追求すると、心地よさが失われることもあるのです。たとえば、お茶を淹れるという行為を考えてみてください」と東さん。

「星のや 軽井沢」は自然の地形を徹底的に活かし、4.2haという谷間に建てられたリゾート施設。施設東側に流れる川から引いてできた2つの池を軸に、集いの館、スパ棟、宿泊棟を配置。日本の原風景に彩られた敷地内を散策したり、源泉かけ流しの温泉を楽しむことができる。 撮影/藤塚光政

沸騰したポットのお湯を急須に入れ、それを湯飲みに注ぎ......。
「確かにその方法は便利で速いですね。それをあえて、やかんで湯を沸かし、湯冷ましに注いで適温まで冷ましてから急須に入れ、最後の一滴まで丁寧に湯飲みに注ぐ。もしお母さんがそんなお茶の淹れ方をしたら、その所作を美しいと思うのではないでしょうか。それがゆとりであり、暮らしの豊かさにつながる。日本には歴史に育まれた作法がたくさんあり、それらをなくしてしまうのはとてももったいないことです」

部屋は一人ひとりが思い思いくつろぐことができるよう、「快適性」にこだわったつくりとなっている。 撮影/藤塚光政

つまり、美しい所作が暮らしのなかに「風景」をつくると東さん。その風景を含めた空間にこそ、「心地よさ」があるという。
「自分が何を大切にし、何を美しいと感じるのか、それを見つけることができれば、不便のなかにある快適さを楽しむことができるのではないでしょうか」」

家族のつながりを育んだ狭小住宅「塔の家」

1966年に竣工した「塔の家」は、都心に建てられた東孝光氏の自宅兼事務所。約6坪(約20㎡)という敷地に地上5階・地下1階を棟状に積み立てた鉄筋コンクリート構造で、建築士に残る作品の一つだ。 撮影:村井修

そんな東さんは、一見、「不便でたいへん」そうな「塔の家」に暮らす。約6坪の敷地に建つ「塔の家」は、地下1階、地上5階建て。亡き父、建築家・東孝光氏の傑作の一つだ。各フロアがリビング、水廻り、主寝室、寝室などに分かれ、一切の扉がない。上に伸びる階段を通して、建物全体が一体となっている。
「ここに家族3人で暮らしていました。よく『不便でしょう?』と聞かれましたが、私にとってはこれが普通。今思うとそこでの暮らしから得たものがたくさんあると思っています」
その一つが家族との関わりだという。扉がないため、それぞれの空間で家族が何をしているのかが、気配でわかる。 「気配を察して自分の行動を考え、必要なときには声を掛け合う。自分を主張しつつ、互いを理解しなくては暮らしていけませんでした。反抗期もそうやって乗り越えました(笑)。ほどよく家族を感じ、それが安心感へとつながる。それが『塔の家』なのです」

住まい方に合った有効空間と大切で美しい風景

玄関を除けば、トイレも浴室も含め扉がなく、吹き抜けで開放的な空間設計が狭さを感じさせない。これら都市型住宅群を対象に東孝光氏は1994年に日本建築学会賞を受賞している。 撮影:村井修

実は一時、東さんは広い80㎡ほどの2LDKのマンションに住んでいた。ところが、「塔の家」よりむしろ狭く感じたという。
「それは『個室』の存在が大きかったですね。扉のない住まいで暮らした家族にとって、扉によって仕切られていると、互いに個室で何が起こっているのかがわからず、ストレスになりました。空間の途切れは、家族のつながりも切れるような気がしたのです」
日本人は障子や襖で仕切られた、声や音が聞こえる空間で暮らしてきた。もともと、気配を察するのが上手だったはずだ。
「以前は欧米型のプライバシーを重視した個室が必須と考えられていましたが、今は個室感を減らして家族のつながりを大切にした住まいが増えています。最近では、リビングに階段を設けることで吹き抜けをつくり、そこを通じて1階と2階の気配が伝わるような仕掛けも多くなりました。要するに、家族が共有できる空間をどうつくるかなのです」
空間はタテもヨコも有効に活用できれば、それに越したことはない。しかしながら有効かどうかは、家族の住まい方次第。家族にとって何が大切なのかを見つけ、そこに気持ちのよい「風景」があれば、人は空間のなかに快適さを感じることができるのである。

東利恵(あずま・りえ)

1959年大阪生まれ。86年にコーネル大学建築学科大学院修了後、父で建築家の東孝光氏のパートナーに。現在、東環境・建築研究所代表取締役。住宅のほか、「星のや 軽井沢」「星のや 竹富島」などリゾート施設も手がける。

家族が気持ちよく、すっきりと暮らすために タレント 西田ひかるさん


間取りを考えるのが大好きで想像がどんどん膨らみます。

現在、ご家族とともに兵庫県にお住まいの西田ひかるさんは、
二人のお子さまの子育てとタレント活動をこなす多忙な毎日を過ごしている。
そのなかで、日頃の家事の工夫や住まい方などについてお伺いした。

お気に入りはキッチン 悩みは収納スペース

2006年、東京から兵庫に住まいを移し、現在、子育てまっ最中の西田ひかるさん。タレントとしても活躍中で、東京、大阪、名古屋と広く飛び回る毎日だ。そんな西田さんにとって住まいは、ご家族との楽しい時間を過ごしながら、心からくつろげるかけがえのない存在だ。家事と仕事はどんなふうに両立しているのだろう。
「実はとても面倒くさがりやで、収納下手なんです(笑)。どうしたら家事が楽にできて、毎日を気持ちよく、すっきり暮らすことができるのか、そんなことを考えながら家事をこなしています」

現在のお住まいは、外国人向けにつくられたもの。1階に独立型のI字型キッチン、ダイニング、リビングがあり、個室や浴室は2階にある。不便がたくさんあると語る西田さんだが、お気に入りもあるという。
「キッチンのスペースが割と広いので、そこにダイニングテーブルを置いています。食事はもちろん、子どもたちがお勉強やお絵描きするのもここ。別にダイニングやリビングがあるのに、いつも家族が集っているのは、このダイニングテーブルです(笑)」

キッチンにはパントリーや洗濯機置き場も備わっているため、動線的には不自由がないという。では、家事でストレスをもっとも感じるのは何だろうか。
「モノを出したり、しまったり、つまり収納ですね。モノの整理がつかないと、それがストレスになってしまいます。たとえば主人や私のスーツケース、子どもたちのランドセルやプール用のバッグなど、それらを毎回2階の個室にしまうのは大変。玄関に広いシューズクロゼットがあって、そこにバッグやコートなどもしまえたら、どんなに便利でしょう」

また、日用品を大量に買い込んだり、食品などのいただきものも多いという。
「大きなモノがそのまましまえて、しかも大量に備蓄できる収納があれば、お部屋もすっきりと使うことができるはず」

さらに、こんなアイデアも。
「壁にビルトインされたアイロン台というのはどうでしょう。この一枚だけアイロンをかけたい、というときに、取っ手を引くとパタッとアイロン台が現れたら、うれしいと思いません?」
なるほど、納得である。

間取りを考えながら楽しい時間を過ごす

西田さんは、自身を「大の間取り好き」と語る。それが高じて、ご両親の別荘のレイアウトを手がけ、なかなか好評なのだそう。その間取り好きを強力にサポートしているのが、アメリカ版の「Houzz(ハウズ)」というアプリである。このコミュニティサイトには建築家など住まいの専門家が投稿した住空間に関する画像が600万点以上掲載されており、自由に閲覧ができる。
「空間ごとの画像はもちろん、デザインした建築家を知ることもできるし、ショップで買い物をすることもできます。時間があれば、タブレットでサイトを見ながら、あれこれ想像を巡らすのが、私にとっては楽しい時間です」
これからの住まいづくりを想定し、今も「間取り大好き」は全開。「間取りについての悩み」を楽しんでいる。

「キッチンをアイランド型にするのか、コの字やL字型にするのか。どちらのよさも捨てがたくて(笑)。それに、子ども部屋を今後どのように位置づけるのかも考えどころです。個室が必要な年齢になるまで、できるだけダイニングテーブル中心のコミュニケーションで頑張りたいですね」
そう語る西田さんから、ご家族への深い愛情が伝わってきた。

西田ひかる(にしだ・ひかる)

1973年~85年、アメリカ・ロサンゼルスで暮らす。88年「フィフティーン」(ポニーキャニオン)でレコードデビューし、同時にミュージカル「小公子セディ」に主演。以来、持ち前の健康的な明るさと、何事にも前向きに努力する姿勢が評価され、歌手活動と合わせて、多くのテレビドラマ・ミュージカル・舞台などに出演。アメリカ時代に体験したボランティア活動にも熱心で、年2回行っていたチャリティーバザー他、98年2月に行われた長野冬季オリンピックではアンバサダーに。2002年5月に結婚し、現在2児の母。公私ともに充実し、ますますその存在は輝きを増している。

京町家に暮らす知恵、ひと手間かけて暑い夏に涼を呼ぶ「京町家再生研究会」理事長小島冨佐江さん

暑い夏、薄暗い座敷から眺める庭の美しさは格別。軒の簾が日差しを遮り、葦戸の素材感も夏の風情。

うだるように蒸し暑い京都の夏。
昔ながらの町家には、涼しさを招く先達の知恵が宿っている。築百年を超える町家に暮らす小島冨佐江さんの夏の過ごし方は、現代にあっても理にかなっていて心地よい。

「通り庭」と呼ぶ土間が夏は風の通り道になる

京町家は吉田兼好が徒然草に「家のつくりようは夏をもって旨とすべし」と記したように、夏の過ごしやすさを意識した工夫が多い。元呉服商だった古い町家に嫁いで28年になる小島冨佐江さんは、暑さ厳しい京都の夏をどんなふうに過ごしているのだろうか。
「真夏でも家の中はひんやりと涼しくて気持ちがいいですよ。日盛りに表を歩いて帰ってくると、家に入ったとたん、すっと体感温度が下がってホッとします」と小島さん。その秘密は風通しにあった。

建具を替えて目にも涼やかになった夏座敷。

京町家の間取りは「ウナギの寝床」と言われ、間口が狭く奥に細長い。表通りに面した側は商いの場で、その先に家族の住空間があり、敷地には通風や採光のために中庭が作られている。そして表通りから奥まで「通り庭」と呼ばれる吹き抜けの土間が続くのが特長だ。ここは人が通り抜けるのに便利なだけでなく、風の通り道にもなる。
表通り側の窓には格子がはめられ、開けていても外から中が見えにくいのも町家の知恵。また、奥へと続いていく部屋の仕切りは壁でなく、すべて襖や障子など取り外しのきく建具が使われている。これらを開放すると、表から奥まで爽やかに風が通り抜け、中庭の緑や風にそよぐ木の葉の音が目や耳に涼を誘う。

葦戸は町家の夏に欠かせない建具。閉めていても風が通り、庭の緑が透けて見える。

「縁の下も空洞になっていますから、下からも冷たい空気が通るんです。夕方、中庭と奥の座敷庭に水をまくと気化熱で気温が下がり、その温度差で空気が動いて、そよ風が家の中を循環するのがわかります」と小島さんは微笑む。  真夏になると2階は熱がこもって暑いが、その空気層が断熱効果を上げるバッファゾーンとなり、1階には暑さが伝わらない。だから小島家では、暑くなると寝室を1階に移動する。
「猫のように寒くなったら温かい部屋、暑くなったら涼しい部屋を求めて動きます(笑)。部屋の役割を固定しないですむ間取りやから、そんなふうに柔軟に使えるんです」

涼やかな夏座敷の室礼 目でも舌でも涼を味わう

座敷と座敷の間に設けられた中庭は通風と採光の役割も果たす。夕方、打ち水をすれば、心地よい微風が生まれる。

空に夏の光が差し込み始め、梅雨が明ける頃、小島家では天気の良い日を見計らって家中の建具を替え、夏の室礼にするのが毎年の習慣だ。襖や障子は外して葦戸に入れ替え、座敷簾を掛け、畳の上にさらりとした足触りの網代や籐筵を敷くと、目にも涼やかな夏座敷に生まれ変わる。
「葦の簾をはめ込んだ葦戸は風を通しながら、きつい日射しを遮ってくれる優れものの建具です。昼下がり、葦戸から庭の緑がうっすらと透けて見える様子は美しいですし、陽光が細いストライプとなってお座敷にくっきりと差し込むと、ああ夏の光やなあと思います」

中庭にはつくばいもあり、水音が涼しげ。

夏が来ると建具を替えるだけではない。小島さんは床の間の掛け軸や置物も夏のものに替えて季節感を楽しむ。そして、お茶受けには夏の冷たい和菓子を用意して、目で舌で涼を味わう。
「青竹に入った水羊羹は見た目も瑞々しいですし、口当たりも良いので、ほどよく冷やしてお煎茶やお抹茶といただきます。寒天やわらび餅をガラスの器に盛っていただくのも夏の楽しみですね。それと祇園祭のときのお客さんには、いつも決まって『葛焼き』という和菓子でおもてなしをします。我が家の夏のお菓子の定番です」
ふだんの食生活においても、季節感を大切にしている小島さん。夏はトマトや胡瓜、茄子など旬の地野菜を積極的に使い、食欲をそそるおばんざいに仕立てる。
「夏野菜には体の熱を取ってくれる働きがあるので、旬のものを口にするのは体のバランスを整える上でもええことやと思います。特に便利に使うのがお茄子ですね。お揚げや身欠きニシンを足して炊いたり、焼き茄子にしたり、蒸してお浸しにしてもおいしいので、つい出番が多くなります」

季節の移ろいを愛で 日々を丁寧に暮らす

欄間障子も開けて通風できる。

京町家の造りや生活には、自然を制覇するのではなく、自然に寄り添って暮らす知恵や心がけが深く根付いている。
「町家に住んでいると気候の変化を肌で感じますから、暑い盛りは水分をようけ取らなあかんとか、バタバタ動かんように過ごそうというふうに、行動にも気をつけますし、体も気候にきちんと順応するからか、あんまり風邪も引きません」と小島さん。むしろ季節の移ろいを身近に感じ、五感が研ぎ澄まされるようだ。
「雨が降っても風情がありますし、風が吹いて木の葉が揺れても何かを感じます。こうした感覚を大事にして、自然と対話しながら日々を丁寧に生きていきたいですね」

小島冨佐江(こじま・ふさえ)

京都市伏見区生まれ。同志社大学卒業。1985年の結婚を機に、百足屋町の元呉服商の町家で暮らす。2012年より、特定非営利活動法人「京町家再生研究会」理事長となり、現在、町家の再生活用、周知など精力的な活動を続けている。主な著書に『京の町家 丁寧な暮らし』(大和出版)、『京町家の春夏秋冬』(文英堂)など。

  • 連載「住まいとお金」ファイナンシャルプランナー 久谷真理子
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