Column│新しいライフスタイルのご提案や、子育て、オーナーさまのこだわりのお宅拝見、
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人生を共に走るパートナーのような存在 きらめく緑と穏やかな風薫る祖師谷公園女優・タレント秋野暢子さん

自分をみつめ直す大切な場所


外でも家でも、ぼーっと過ごしてしまうことはない。常に何かを見つけては新しいことに挑戦し続けている秋野さん。なんと、9月には油絵の個展も準備中。「マラソンをすると自分の枠はつくらない、まだできる、と思えるの」

初夏の日差しが眩しい午後、その明るさに負けない笑顔で現れた秋野暢子さん。すらりとした、まるでアスリートのような無駄のないスタイルにため息が出るほど。「今朝も10キロ、走ってきました」と、はじける笑顔の秋野さん。
日課のジョギングはたいてい午前中、ほぼ毎日のペースで続けている。自宅から2キロほどのところにある祖師谷公園は、秋野さんのお気に入りの場所だ。仙川を挟んで東西に敷地が広がり、テニスコートや緑地、植物園などの施設がある。祖師谷や成城の高級住宅地の中にある静かな公園だ。


なだらかな丘陵が広がり、地元の人たちがのんびりと午後を過ごす。桜の季節には、ソメイヨシノをはじめ、オオシマザクラ、サトザクラ、シダレザクラなどが楽しめる。季節ごとに手入れされた花壇の花々も美しい。

「仙川に沿って走り、運動場を何周かしてから幹線道路へ抜けていきます。緑の豊かな祖師谷公園を走っていると、季節の移ろいを感じるし、仕事のことや家族のこと、いろいろと考え事をしますね」。走り始めてから、秋野さんの人生にも様々なことがあった。うれしいこと、楽しいことに悲しいこと、出会いも別れもあった。そんな心模様を抱えながら走る秋野さんを、いつも受けとめてくれる、安心できるパートナーのような存在なのだ。「それに、常にたくさんの人に囲まれているでしょう。だから、走っているときは、一人になれる時間、自分だけの時間なんです」。秋野さんが自分をみつめ直す、大切な時間になっている。

マラソン教の普及活動中?!


仙川を挟んで東西に広がる敷地は約89,000㎡。テニスコートやゲートボールコートなどの施設や数種の桜や季節の花が咲く、地域住民の憩いの場。
住所:東京都世田谷区上祖師谷3丁目
TEL:03-5384-1693
(祖師谷公園サービスセンター)

27歳から走り始め、すでにフルマラソン10本を走った実力派だが、きっかけは元芸人の上岡龍太郎さんの影響だった。「まるで上岡教よ!」というほど、影響された芸能人仲間が走り出したという。今では、ママ友でグループをつくるなど、マラソンの輪を広げている。今まで運動したこともなかった人やどうしても続かなかった人など、メンバーは様々。秋野さんはたいてい初マラソンの人に伴走して、ペースメーカーとして完走を目指す。「マラソンのスタート地点に立った皆が勝者だと思うのです。非日常に身を置く、マラソンをしよう、という気持ちになった、そのことがとても大事。こうして、まさに普及活動中よ」。今では、祖師谷公園近辺では知らない人はいないベテランランナー秋野さん。これからも、祖師谷公園をベースにトレーニングし続けるだろう。
一方、35歳の時に改築したという、ご自宅で過ごす時は?「リビングにお気に入りのイタリア製の赤い革のソファがあるの。そこで、もっぱら書き物をしたり、本を読んだり」。くつろぎながらも、もう次の挑戦を模索中に違いない。

秋野暢子 (あきの ようこ)

1957年、大阪府生まれ。1974年にNHKの銀河テレビ小説で女優デビュー、翌年NHKの朝の連続テレビ小説のヒロインに抜擢され、注目を集める。その後、映画、ドラマで演技派女優として、また、バラエティやワイドショーなどでタレントとしても活躍。現在では、マラソンランナーとしても日々トレーニングを積み、健康、美容、環境などマルチな分野に幅を広げて活動している。4月からNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」に森田まつ役で出演する。

ひと味違う、料理研究家のキッチン料理研究家平野由希子さん

古き良き洋風建築の味わいを慈しむ暮らし


メゾネットになった住まいの2階を丸ごとキッチン・スタジオに。無垢材の床は年月を経るほどに味わいを増す。

築80年の建物を好みの住空間にリノベーションして、心豊かに暮らす平野由希子さん。
仕事場でもあるキッチン・スタジオを拝見すると、平野さん流のこだわりがそこかしこに光っていた。
平野さんは、フランスの鋳物ホーロー鍋「ル・クルーゼ」を使った料理レシピ本がベストセラーの人気料理研究家。「ル・クルーゼ」ファンのミセスにとって、カリスマ的存在だ。
昔ながらの風情を残す東京の住宅街の一角に、大正時代の洋風建築の味わいを残して改築された集合住宅が佇んでいる。この建物に平野さんの自宅兼キッチン・スタジオがある。


キッチンは作業スペースがたっぷり取れるⅡ型レイアウト。収納スペースにミーレ社製のオーブン、食器洗い乾燥機をすっきりビルトイン。

メゾネットになったお住まいの2階にお邪魔すると、ナチュラル感いっぱいの無垢材の床に、壁も収納も「白」ですっきりと統一されたキッチン空間が広がっていた。アールヌーボー調の半円窓を残した室内は、パリのレトロなアパルトマンのよう。アーチの棚に並べられた「ル・クルーゼ」のカラフルなお鍋がおしゃれなインテリアさながらに際立っている。
「6年前にこの建物がリノベーションされるとき、自分らしく過ごせる住空間に改装して暮らし始めました。2階全部をキッチンにして、ここで毎日お料理を作り、レシピを考えたり、本や雑誌の撮影をしたりと、一日の大半を過ごしています」と平野さん。自分流のキッチンを創作するうえで、どんなことを大切にされたのだろう。

時を経て味わいを増し愛着が深まるキッチンに


元からのアーチ壁を棚に利用して、ル・クルーゼ置き場に。

平野さんのダイニングキッチンは白を基調にしながらも、温かい印象で、居ると心がやわらぐ。
「調理器具や食材などで多彩な色の要素が持ち込まれますから、キッチン空間は真っ白なキャンバスの役割でいいと思ったんです。でも、お料理を作って楽しむ場所だから、温かな雰囲気も大事にしたくて、天井と壁はほんの少しクリーム色を帯びた白にしました」
平野さんがもっとも大切にしたのは、時を経るほどに愛着の湧くキッチンづくりだ。新しいときの美しさを保とうとするのではなく、10年、20年と使い込むほどに味わいが生まれ、自分になじむ場所にしたいと考えて、素材は特に質感にこだわって選んだという。


収納扉もタイル壁もカウンターも白で統一されたキッチン。無機質にならないように、一部をオープン棚にしてグラスや食器を置いている。

床は無塗装のままの無垢材、収納の扉は白く塗装を施し、壁にはタイルも使われている。当然、床は日焼けしたり、傷ついたりするし、扉や壁も汚れやすい。だけど平野さんは、「それも味わいのうち」と目を細めた。
「床にしてもキャビネットや壁にしても、キッチンまわりの素材って、汚れにくさや掃除のしやすさを基準に選ばれることが多いですよね。でも、それだと新品のときが美しさの頂点になってしまう。それってなんだかつまらなくて、ちょっと違うなと思うんです」

機能性だけじゃ味気ない 無駄を楽しむ心のゆとりを


白壁にカラフルなホーロー鍋が引き立って、お洒落なインテリアの役割も。

空間づくりにおいても、機能的であることを最優先しないのが平野さんのスタイルだ。たとえばキッチン背後のアイレベルの収納は一部をオープンな棚にして、お気に入りのグラス類や食器を並べている。キッチンの真後ろのちょうど手の届く位置だから、ここも扉の収納にして、頻繁に使う調理道具をしまえば便利そうだけれど、あえてそうはしない。
「無駄かもしれないけれど、こんな方が使っていて楽しいし、気持ちにもゆとりが生まれると思いますから。料理だって、速く作れて便利なだけのものって、なんだか味気ないでしょう?」
手の届かない高さの収納は、ハシゴを使って出し入れする。
「今は電動で降ろせる棚もあるけれど、手間はかかってもこの方が好き。私らしくていいんです」
こんなスローな想いが宿るキッチンだから、素材そのものの味わいを上手に引き出すお料理レシピが生まれるのだなと納得。

快適のカタチは十人十色 自分自身の価値観を大切に


使い込まれた木製のヘラや調理道具がシンプルなキッチンにぬくもりとなごみを添えている。

ロジェールのコンロやミーレの電気オーブンを組み込んだアイランド型キッチンは、高さ85㎝ほど。キッチンには使う人の身長によってちょうどいいとされる高さの基準があるが、平野さんの身長に照らすとやや高めに思える。
「確かに少し低い方が食材を切る作業はしやすいけれど、低いと洗い物のときに腰が曲がって負担がかかりますし、私は仕事柄、アシスタントもいるので、そんなに切ってばかりいるわけじゃありません。それよりも長時間立ちっぱなしなので、高めの方がカウンターに寄りかかれてラクなんです」
そう、基準はあくまでも一般的なもの。快適なキッチンのカタチは十人十色で、高さに限らず、レイアウト、収納、必要な調理機器なども、作る料理、家族構成、暮らし方、性格、好みなどによって変わってくる。世間一般の基準や人気に流されないで、「私にとって本当にそうなの?」と問い直し、自分自身の価値観で納得のいくキッチンづくりをすることが大事だと平野さんはアドバイスする。
「でもね、最初からそんなに理想的じゃなくてもいいんじゃないかしら。100%要望をかなえるなんて無理なことですから。私の場合も思うようにならなかったところはいろいろありますが、それはそれ。足りないものを補いながら、このキッチンと長く上手に付き合っていきたいなと思っています」
平野さんの感性に育まれて、キッチンはこの先、さらに快適な使い心地になっていくことだろう。

平野由希子 (ひらの ゆきこ)

料理研究家。フランスなどで料理とお菓子を学ぶ。雑誌、書籍、広告、メニュー開発など幅広い分野で活躍中。『「ル・クルーゼ」だから、おいしい料理』、『「ル・クルーゼ」で、おいしい和食』(ともに地球丸)、『平野由希子のおいしい理由。』(主婦と生活社)など著書多数

武蔵野の自然が息づく石神井公園漫画家弘兼憲史さん

島耕作も池のボートに乗った


マンションの仕事場で、常時6人のアシスタントを従えて漫画の執筆にいそしむ弘兼さん。「窓から公園の緑が眺められるので、部屋に閉じこもっていても四季が感じられます」

東京都練馬区にある石神井公園は、武蔵野の面影を色濃く残す自然豊かな都心のオアシスだ。三宝寺池、石神井池の二つの池を抱く広い園内には雑木林が広がり、水生植物の群落もあって、モズ、コサギ、カワセミなど多くの野鳥が飛来する。その石神井池に面した南側、瀟洒なお屋敷街の一角に佇むマンションに、弘兼憲史さんの仕事場はある。
「今の自宅は吉祥寺ですが、結婚して3年目に公園の西側エリアに家を建てて、長く住んでいたから、ひときわ愛着があるんです。子どもが小さい頃は家族みんなでよくスケッチに来たものです」


石神井池の対岸から眺めたお屋敷街。池面に映る姿も絵のように美しい。

弘兼さんの代表作「島耕作」シリーズにも、石神井公園のシーンはよく登場する。離婚した妻が育てている娘と耕作が会い、ボートに乗るのもこの公園だ。
「たまに作画の資料にするために写真を撮りに行きますが、絵になる場所が多いですよ。マンション前の池に面した石畳の道の雰囲気も好きですね。水面にお屋敷街が美しく映り込んだ風景は情緒があって、つい見とれてしまいます」  弘兼さんは昼食がてら近くのファミリーレストランで漫画のアイデアを練り、それから仕事場に来て深夜3時頃までペンを握る。窓から見える公園の景色が、執筆で疲れた目を癒やしてくれるという。

巨石をオブジェにした庭の眺め

吉祥寺の自宅は、奥さまである漫画家の柴門ふみさんの希望を活かして2年前に建てられた。「家づくりはカミさん任せで、僕が采配したのは庭のみ」と語る弘兼さんだが、これがただの庭ではない。
「敷地内に座禅石のような動かせない巨石があったので、庭師と相談してこの石をオブジェに活かしてみました。周囲に現代アートのように鉄板をあしらって赤さびを出し、さらに取り壊した古家の屋根瓦を縦に差し込んで、白砂利を敷き詰めたんです。こうした造形を彩るように、春はしだれ桜、初夏は紫陽花、夏にはサルスベリが真っ赤な花を咲かせてくれます」
多忙な弘兼さんが自宅でくつろげる時間は少ない。だからこそ、たまの休日、朝起きてインナーテラスの椅子に座り、コーヒーを飲みながら庭の景色を眺めるひとときを大切に慈しんでいる。
「この家が終の住処になるだろうから、僕が生きている間にこの桜はどれくらい大きくなるだろうか...なんて思いながら、天気がいいときは2時間ほど飽きずに庭を見ています。頭を空にしてリラックスできる至福の時間ですね」

弘兼憲史 (ひろかね けんし)

1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。テレビ番組「島 耕作のアジア立志伝」(NHK BS)が現在放送中。

世界に挑む力が宿る成田山新勝寺柔道指導者・解説者金丸雄介さん

国際試合前に必ず参拝


「成田山の『勝守』も持っています。僕にとって成田山は戦いの神です」と金丸雄介さん。

北京五輪柔道男子73kg級元日本代表の金丸雄介さんが好きな場所は、現役時代から頻繁に足を運んでいる「成田山新勝寺」だ。
「子どもの頃に通っていた道場が試合の前に神社へ必勝祈願に行っていたので、神社やお寺には親しみがあって、海外遠征の前には空港に近い成田山に立ち寄って手を合わせていたんです。2007年のフランス国際大会前にも拝み、優勝することができました」
現役を引退した今も、2〜3カ月に一度は足を運ぶ。立派な総門をくぐるとぴりっと空気が冴え、高くそびえる木々を眺めながら石段を上る。本堂に手を合わせると、体の奥から静かなパワーがみなぎってくるような気がするという。
「現役時代は自分の必勝祈願だけでしたが、指導者になった今は選手の必勝、そして、家族の健康を願うようになりました」


初詣や節分などでたびたびニュースになる立派な大本堂。境内には光明堂、三重塔など重要文化財が点在し、本堂奥には平和の大塔、成田山公園が広がる。

現在では試合の数週間前に祈願に訪れ、帰国後のお礼参りを欠かさない。
「試合の直前に『お願いします』と言っても、都合がよすぎるだろうと思ったんです。だから早めにお願いして、きちんとお礼をするようになりました」
奥さまを同伴されることが多く、お参りの後に表参道でせんべいを買って食べ歩いたり、うなぎ屋さんに寄るのも、夫婦そろっての楽しみになっている。

世界への夢を胸に日々勉強中


石段を上り、仁王門を通って本堂へと進む。神聖な場所に向かい、急な石段を老若男女が一歩一歩上っていく。

奥さまと暮らすマンションでの"好きな場所"が、最近変わった。「テレビの前のソファが僕の指定席で、好きな場所だったのですが、海外遠征が多く、留守にしている間に、いつの間にか妻に占領されてしまいました(笑)。いつか、取り返そうと思っているのですが、心配ばかりかけているから、仕方がないかな...」


成田山新勝寺
天慶3(940)年に開山、開基1073年を迎える名刹。御護摩の祈願には多くの信徒や観光客が訪れる。
住所:千葉県成田市成田1
TEL:0476-22-2111
www.naritasan.or.jp/

新たに"好きな場所"となった寝室では、勉強をしていることが多い。日本のトップ選手だった金丸さんだが、指導者の立場となり、柔道の奥の深さを思い知らされる場面が多くなった。
「小さな頃から柔道をやっていたのに、柔道の歴史も満足に知らないことに気がつき、勉強をし直しています。海外遠征で困らないように、英語も勉強しているんです」
遠い将来の夢は、「世界の柔道発展への貢献」。かなえるためにも、英語の必要性を強く感じるという。
「夢のまた夢の話で、今は自分が指導している選手が活躍してくれるのが一番。まずは日本の柔道界で必要とされる人間でありたいと思っています」

金丸雄介 (かなまる ゆうすけ)

1979年、石川県生まれ。2007年フランス国際大会優勝、2008年全日本柔道選手権大会優勝、2008年北京オリンピック男子73kg級日本代表。2008年10月現役引退。現在は、了徳寺大学助教、了徳寺学園柔道部コーチ、筑波大学柔道部コーチ、全日本シニアコーチ、千葉県国体成年女子監督。

下町の粋な情緒が色濃く残る「人形町」女優長谷直美さん

気取りがなくて人情味豊か


「路地に昔懐かしい下町の風情が残っていて、散歩しているだけで楽しい」と長谷さん。

「人形町」は歴史と伝統が息づく東京の粋な下町。水天宮を中心に七福神を祀る神社が点在し、明治座や浜町公園に抜ける甘酒横丁には江戸時代から続く伝統工芸店や味な老舗が多く残る。パリで16年、ロンドンで1年半の長い外国暮らしを終えて日本に戻った長谷直美さんは今、そんな下町の魅力にどっぷりとはまっている。
「東京生まれなのに、実は人形町に来たことはなかったんです。帰国後、初舞台を水天宮近くの劇場で踏むことになったので、稽古の合間にぶらぶら歩いてみたら、今どき珍しくコンビニもスーパーマーケットもあまり見かけなくて、昔ながらのお店が活気いっぱい。外国帰りのせいか、すごく新鮮でカルチャーショックでした」

最近は馴染みのお店も増えてきたという長谷さん。知らないと見逃しそうなカフェやお気に入りのすき焼き屋、和菓子店、漬け物屋...。路地の小さな居酒屋で、隣り合わせた地元の人とお喋りしながらお酒を楽しむこともしばしばだ。
「人形町なら素顔のままサンダル履きで歩いても平気ですね。住んでいる人も気取りがなくて人情味豊かだから、自然にうちとけられて心がホッとなごみます」

シェアハウスで身軽に暮らす


長谷さんが帰国後に初舞台を踏んだ劇場「BASE KOM」の入口。「太陽にほえろ!」の脚本家、柏原寛司さんの監修で「ハローダーリン!」が上演された。

すっかり下町派になった長谷さんは、最近、人形町まで電車で5分の駅にある新しいシェアハウスに入居して、20代の女性二人と一緒に生活している。
「パリを出るときに家財を全て処分したので、今の私の持ち物はトランク3つだけ。シェアハウスを選んだのは、家具から食器まで生活用具がすべて揃っていて、身一つで暮らせるからなんです」とサバサバした表情だ。
6畳の個室にはベッド、デスク、クロゼットが備え付けられ、共用のキッチンや浴室も広くて快適だ。みんながくつろぐリビングには大型テレビや録画機もあり、冬は炬燵も用意されるという。
「まだ入居したばかりなので、同居の女性たちとは挨拶を交わす程度ですが、すぐに仲良くなるんじゃないかな」と楽しそう。


劇場の上にあるカフェ「三日月座」。昭和レトロな雰囲気の店内に写真や絵画が展示されていて、舞台関係者や役者にも愛されている。

モノに縛られていないから、気が変わったらどこへでも移り住める。そんなライフスタイルが気に入っているという長谷さん。
「モノへの執着がなくなって身も心も軽やかになり、価値観も変わったみたい。何事にも躊躇せずに突進できるようになりました」
身軽で自由な暮らしを謳歌しながら、新しい何かにチャレンジし続けたいと大きな瞳を輝かせた。 

長谷直美 (はせ なおみ)

東京都大田区生まれ。17歳の時にミス・エールフランスコンテストで入賞し芸能界へ。1974年、シングル『私は天使じゃない』でレコードデビュー。1976年、TVドラマ『俺たちの朝』のヒロイン役で脚光を浴び、以後『太陽にほえろ!』をはじめ、数々のヒットドラマで人気を博す。結婚を機に一線を退き、1995年、フランス・パリに移住。2011年よりロンドンの演劇学校で学び、演劇教師の資格を取得。2012年、日本に帰国し、同年10月、初舞台『ハローダーリン!』に出演する。

  • 連載「住まいとお金」ファイナンシャルプランナー 久谷真理子
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