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緑を見下ろす事務所は 光源の発明と実験の場 照明デザイナー 石井幹子さん

アイデア創出に最適の環境

2009年の祝日や記念日を彩った東京タワー50周年記念ライトアップ「ダイヤモンドヴェール」は、大きな話題となった。

東京タワー、レインボーブリッジ、世界遺産・白川郷合掌集落の夜間照明など、日本全国の「ライトアップの名所」を手がけてきた照明デザイナーの石井幹子さん。
石井さんが選んだ「好きな場所」は、新宿御苑に隣接する自身の事務所だ。建築家の香山寿夫さんが設計した建物は、竣工から約20年経ったいまでも、建築を学ぶ学生たちにとって憧れの作品。週末には、外観の写真を撮りにくる学生が後を絶たないという。

1階ロビーの写真パネルには2010、2011年の作品を展示。「平城宮大極殿ライトアップ」などの美しい作品が並び、「次・オフィスライティングシステム」で調光。

「1階のロビーには、ここ1、2年で手がけた作品の写真パネルや、太陽光発電を用いた公園のオブジェのミニチュアなどを展示しています。LED照明の照度や色温度が朝、昼、夕方と変わるようにコントロールされた『次・オフィスライティングシステム』を導入しているので、仕事をしていてとっても快適なんですよ」
事務所の窓越しに、四季折々に色づく新宿御苑の木々を眺めていると、心がほぐれてアイデアが湧き出してくるという。また、新しい光源を発明すると、まず屋上から新宿御苑の暗闇に向けて照射してみる。事務所は石井さんの実験の場にもなっている。

「賢エネ」のすすめ

1階ロビーに飾られている作品の写真パネルは年に1度更新される。

2011年3月11日の震災以降、節電意識の高まりから、照明に対する風当たりは決してやさしいものではない。
「でもその一方で、震災をきっかけに家族や親子、友人との絆を強く感じた方も多いでしょう。こんなときだからこそ、あたたかな照明のもとに集って、大切な人たちとの豊かな時間を過ごしてほしいですね。

また、お年寄りのいるご家庭では、暗すぎるとさまざまな問題が出てきます。ただ照らすのではなく、家庭ごと、企業ごとに電気の使い方を考える『賢エネ』の時代が来たのだと思います」
自宅屋根には3.5kWの太陽光パネルを設置して、「自産自消」で家中の電気を賄っている。リビングやダイニングは、やわらかい間接照明。食事中にはあたたかなキャンドルの明かりをともし、テーブルを囲む。
「料理や読書などの作業をするときだけ、手元だけを照らすなどして限られた範囲を明るくする『適光適所』を実践すれば、賢エネは難しいことではありません」
石井さんの次なる挑戦は、「東京ゲートブリッジ」。お台場のレインボーブリッジのさらに沖に架かる橋の竣工は2012年2月。  都市を彩る優しく美しい景観がまたひとつ誕生する。
※本コラムは「homeclub」2012年1月号のインタビュー記事を転載しています。

石井幹子 (いしい もとこ)

東京藝術大学美術学部卒業。フィンランド、ドイツの照明設計事務所勤務後、石井幹子デザイン事務所設立。都市照明から建築照明、ライトパフォーマンスまで、幅広く活躍。代表作品に東京タワー、レインボーブリッジ、横浜ベイブリッジ、函館市や倉敷市などの景観照明、平城宮跡大極殿など。海外では上海ワールドフィナンシャルセンター、日独交流150周年記念イベント《平和の光のメッセージ》など。国内外で受賞多数。

石段を登って通った尾道の土堂小学校 映画作家 大林宣彦さん

雨樋をよじ登っても叱らない

映画「転校生」のロケ地に使われた御袖天満宮の石段。ここで中学生の男女が転げ落ち、心と体が入れ替わってしまう印象的なシーンが撮影された。

尾道は山の尾根筋が海の近くまで張り出した坂の町で、斜面に張り付くように家や寺が建ち並び、石畳の路地が迷路のように走っている。この町で生まれ育った大林少年は、猫がのんびりと寛ぐ路地を線路伝いに歩き、坂道を上って土堂小学校に通った。

創立100年以上になる土堂小学校。この校舎も築80年。丁寧に手入れされた味わいのある廊下を歩くと、向こうから大林少年が現れそうだ。

「石段を駆け上がって小学校の校門をくぐると、その勢いで校舎の雨樋をよじ登り、窓から3階の教室に入ったものです。わんぱく坊主の僕たちはそれが楽しくてね」
あるとき日曜日に小学校に遊びに来た大林少年は、先生が雨樋の横にハシゴを掛けて、一生懸命釘を打っている姿を目にする。
「怪訝そうに見ていた僕に、『雨樋が外れて落っこちないように壁にしっかりと打ち付けておいたから、これでよじ登っても大丈夫だぞ』とおっしゃった。当時の先生はそんな風でした。危ない真似はするなと叱るのではなく、気をつけて遊べばいいと温かく見守ってくださったのです」

機関車の玩具は映写機だった

大林家は代々続く医者の家で、大正時代に建てられた自宅は、山の手の線路を見下ろす場所に今もある。当時の医者の家は町の文化の中心でもあり、警察署長、郵便局長、校長から果てはヤクザの組長まで、地元の名士たちがことあるごとに集ってきたという。
「褌(ふんどし)一丁で輪になり、芸者衆を呼んで一晩中飲みながら、祖父と天下国家を語りあっていました」大きな納戸の中には外国船で持ち込まれた天眼鏡や骸骨、極彩色の写真といった珍しい品々が詰め込まれていた。大林さんがその納戸で、大好きな蒸気機関車の玩具を発見したのは3歳のときだ。

「実は汽車ではなくて、映写機だったのです。でもレンズが煙突、フィルムは石炭だと思って、切り刻んだフィルムを窯ならぬランプハウスに入れ、カタトンとハンドルを回して遊んでいました」
ある時、フィルムをよく見ると絵が描いてあることに気づく。刻んでしまったフィルムを母親に糸でつなぎなおしてもらって上映すると、順序がバラバラでいろんな種類の映画が混じっていたが、のらくろが現れて動いたではないか。
「これは面白いと、絵のはがれたフィルムに自分で絵を描いて繋いだらアニメができた。ここから僕の映画人生が始まったのです」
そんな子ども時代の思い出を語る大林さんの眼差しは少年のよう。「尾道は大人がベテランの子どもでいられる町。僕はそこで育ったから」という言葉が胸に染みた。

大林宣彦 (おおばやし のぶひこ)

1938年広島県尾道市生まれ。映画作家。テレビCMのディレクターとして数々の名CMを生んだ後、1977年に『HOUSE/ハウス』で劇場映画に進出。故郷の尾道を舞台にした『転校生』(82)、『時をかける少女』(83)、『さびしんぼう』(85)は"尾道三部作"として多くの映画ファンを魅了した。第21回日本文芸大賞・特別賞を受賞した『日日世は好日』など、著書も多数発表。
2004年春、紫綬褒章受章、2009年秋、旭日小綬章受章。2013年2月に発売されたAKB48のシングル「So long!」のミュージックビデオを手掛けたことも話題となっている。

  • 連載「住まいとお金」ファイナンシャルプランナー 久谷真理子
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